そして伝説へ

70集に入って高揚するばかりの海原に対して、山岡はいつものように冷淡であった。海原の通じない想いは、父親としての海原の哀しみを強調することになり、海原はまた新たな人格的境地を開きつつあった。

しかし、その海原に人生最大に危機が唐突に降りかかる。海原ファンにとってはもはや伝説の話数となった第76集「雄山の危機」である。そこでは、これまで一度たりとも見ることのなかった山岡の海原に対する想いが噴出する。われわれは、その瞬間を見たいがために、この世に存在していたのだ。


 第76集/第4話「雄山の危機!?」

最初から飛ばす海原。山岡と栗田がつけた双子の名前をベタほめし、まんざらでもなさそうに子ども達を抱く。「この子たちも、美しいものがちゃんとわかる人間に育てます!」(vol.76/P98)と述べる栗田に対し、「うむ」(P98)と満足そう。

和やかに進む物語は、しかし、暗転する。海原が交通事故で意識不明になってしまうのである。都合の悪いことに、その日、日本政府はアジア各国の首脳を美食倶楽部に招待していた。

病院に行くよう栗田にせがまれる山岡であったが、「俺の知ったことじゃない」(P106)と山岡は答える。だが、その内心は、おもしろいくらい動揺していた(P107)。

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そのころ、美食倶楽部の調理人たちも、動揺していた。献立の組立をいかにすべきか? 焦る中川の元に、果たして、山岡はやって来た。

「中川、なんてざまだ! 今まで雄山にすべてを任されてきたおまえが、うろたえてどうする!」(P116)と山岡は叱咤する。海原ファンの夢にまで見た光景だ。

山岡の「先生がそのままそこにおられるような」(P121)活躍で、美食倶楽部は活気を呈してきた。そして、ついに、運命の時がやってくる。

意識を回復しようとしない海原に業を煮やし、栗田は山岡を強引に病院へ連れ込み、昏睡状態の海原へ「お父さん」と呼ぶよう強要する。死ぬほどいやがる山岡に栗田はさらに追い打ちをかける。「あなた、本当は海原さんを父親として尊敬し、愛しているんでしょう?」(P135)。図星をつかれた山岡は、葛藤する。その表情が素晴らしい(P136)。

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栗田の痛い言葉はさらにつづいた。やむにやまれず意を決した山岡は、一言ポツリと、(P141)

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このときのために、これまでの『美味しんぼ』76巻はあったといっても過言ではないだろう。愛するがゆえに憎しみ合う親と子の物語は、最初の終止符を迎えたのである。

この話数は、海原不在の美食倶楽部を見事に取り仕切った山岡の仕事に、満足した表情を病床で浮かべる海原の横顔で終わる(P180)。

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『美味しんぼ』を一身に背負った神々しきラストカットであった。

 結語

一応の回復を果たした海原であったが、さっそく次の話数で、谷村があからさまなフラグを立てている。すなわち「それほどの交通事故だと、後遺症が怖いな」(vol.76/P182)である。後遺症という爆弾を抱えた海原にこの先いかなる展開が待ち受けているのか。これからも固唾をのんで『美味しんぼ』を追い続けたい。


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