三 日々



松本の新しき日々はそのように始まった。しみったれた勤勉さだけが取り柄のかれは、課業の開始時間を目指して家を出て教場に入り、その課業が終わると、出口から吐き出されるひとびとの濁流に呑まれながら教場を出て、また新たなる教場へ移動した。数年後のかれは、その時の生活を「アドリア海を東進する巡航ミサイルのやうだった」と、的確なのかそうでないのかよくわからない言葉をもって回想している。

自らの行動に関しては頑迷なまでの保守性を誇る松本が、ひろい諸教場においてもその占めるべき席の位置は、いつも決まっていた。

ほんの一握りの熱心な学生たちは、最前列に席を占め、教場の後方に固まり講義を学位を獲得するための退屈な過程としか認識しない功利的な学生たちに背を向けていた。このふたつの不釣り合いな群衆の亀裂はとても深厚なものらしく、生真面目な学生と高等遊民的な学生に挟まれた教場の中央には、広大な空き地が広がっていた。松本は、そのぽっかりとした空間に親しみを覚えた。

松本は、勉学の意欲において、列の最前に座り続ける人々とそう変わることはなかったが、そこに座って彼らと居並ぶことには抵抗を感じた。

かれは湯気だつようなかれらの背中を見るたびに、核弾頭を大気圏外から降臨させんとする権力者の雄叫びを聞く様な心持ちがした。続けざまに、核シェルターの在する特定の場所が浮かび上がってきて、ちょっとした興奮を禁じずに入られない愚かな松本だったが、実際は、そんなわかりやすい雄叫びを心の中で木霊させているにんげんがいるはずもなく、またかれにとってもそれは承知な事であり、その盲聴は半ば、松本自身も意識し得ない密かな願望だったかも知れない。ただ、自分のことを高踏に見せたがるかれのやっかいな性質は、如何にも「勉強している」という気合いの入った姿が、好感は持てるものの、何とも野暮な感じ抱かせた。

他方で、教場の後部に席を占め、(松本の言葉を借りれば)「みんなといっしょ」になることは、魅惑的な選択肢ではあった。

「みんなで愛し合えば怖くないんだよ」

それは、数年後に松本が出会うことになるおねいさんから発せられた言葉であり、個性が声高く叫ばれた時代に反動する松本をいたく印象づけた言葉であった。

松本は、これまでの教育や家庭の場で個性的であれと散々わめきちらされてきた。かれは、個性に飽きを感じ始め、成長につれてむしろ没個性的でありたいと思うようになった。

だが、個性的な人たちの間で個性を次第に失っていった松本は、自分が周りから妙に浮いているような気がしてきた。自分の没個性への試みが、実は個性への激烈な追求であったことに気がついたときにはもう何もかもが遅かった。かれは、完全に浮き世離れしていた。だから、義務的な教育をもう終えようとする時期には、下校時、松本はいつもひとりで校門をくぐって帰宅の途についた。かれは、別に無視されていたわけではない。でも、帰宅を共にしようとするにんげんもいなかった。

高校は、住宅街の真ん中にぽっかりと取り残されたような不思議な田園地帯にあった。変哲もない校門をくぐると、左手に広がる青々とした水田の向こう側に、運動場が小さく見えた。部活動に勤しむ人々で騒がしい運動場の様子が、聞こえてきた。松本は、自分があの場所にいないことの意味を、下校のたびに考えてしまう。確たる答えは、その時のかれにはわからなかった。ただ、考えれば考えるほど、心持ちは鬱になっていった。

教場の後方に屯するひとびとの懐かしき暖かみは、心では求めて止まないものの、身体がそこに加わろうとする意思に壮絶な抵抗を試みるかのようだった。かくして、人も疎らな教場中央の真空地帯は、講義中における松本の生息地という不名誉を冠することになったのである。


大学という微妙に幸福で仄かに暗い世界が松本の前に開けて半年がすぎようとしていた。これまでに経験したことのない気が遠くなるほど長い夏休みを、かれはひとりで過ごした。その間、陽のあたらない部屋の中でモニターを眺め続けたため、松本の体重は次第に増加の傾向を見せ始めた。

人は、他者の声を聞かなければ狂ってしまうと松本は考える。「心療内科」という言葉は松本の妙に世俗的な地下気質を刺激するものではあったが、とりあえず親を泣かす度胸のなかったかれは、モニターの向こう側に押し込められ圧縮されているせかいにあふれる他者の声に耳を澄ますことによって、「心療内科行き」という親不孝な――しかし当時の無邪気なかれにとっては"かっこいい"かもしれない――選択肢を回避しようとした。だから、松本は覚醒している時間の多くを、モニターの前で過ごすことになった。

時々は、(これはこれで、親泣かせだよなあ)とぼんやり思い、自虐の笑みを浮かべるのであったが、こうすることが、自分が正気でいられる様々な方法の内で、もっとも精神の負担を感じることなく手に入れることが出来る安価なものに違いないとも考える松本であった。しかし、我に返ることもある。そんなとき、かれはモニターの前から立ち上がり、部屋の隅へ丸椅子を持って行ってそれに登り、部屋の全体を俯瞰で見下ろしてみる。真っ先に目に付くのが、部屋の中央にポツンとおかれたちゃぶ台である。それを挟むように、書籍と磁気記録テープのケースが両壁を覆っている。それらの秩序正しい配列が、部屋の生活感を大いに損なっているように見えた。かれのへやは、部屋主の怠慢によって埃まみれだったが、まだその時期においては、書籍やテープの山を除いて人目をつくようなものらしいものはあまりなく、見る人によっては冷え冷えとした印象を受けたかも知れない。

無機質な書籍と磁気テープの山の中にあって根暗い家庭観を声高に主張しているちゃぶ台の上には、けっして大きいとは言えない業務用のモニターが載っている。電気街の片隅で、破格の値で投げ出されていたそのモニターと出会ったとき、松本は得意げな気分になったものだ。かれは「業務用」という言葉に極めて弱かった。だが、実際使ってみると、ただただ暗いばかりで、何が民生用と違うのか、よく解らなかった。ちゃぶ台の下にありそのモニターと繋がっている磁気テープの再生装置が民生用であったのだ。

ちなみに、年代物のそれは二台、重箱のような状態で直列につながれている。重箱の上には更に、小さくて白いネット端末が載っていた。ただ、端末がその本来の役割を果たし始め、松本の部屋がネットと繋がり始めるのはもう少しだけ先の話になる。社会的な手続きに関するかれの億劫さが、回線の開通を遅延させていた。端末は、本来の機能ではなく、救いのないヴィジュアルノベルの描画機械としてこき使われ、松本を毎晩のようにそこで「幻影なるおねいさん」に出会い、咆哮していた。

真昼にもかかわらず松本の部屋は薄暗い。ちゃぶ台のモニターが、寂しき光源を形作って、幻想的な情景(松本にはそう見えた)が生まれた。鈴木が初めて松本の部屋を訪れたとき「部屋主の終末的な心象を形容しているやうだね」と評したのだが、取り敢えずその時の松本は(褒め言葉と受け取っておこう)と思うことにしたらしい。

ちゃぶ台は松本の愚かな妄想の策源地であり、あるいはまた、食費削減のため自炊を好む松本の食卓にもなる。松本がちゃぶ台を前にして座ると、モニターの向こう側に、小さいベランダへと通じるサッシ付きの窓が見える。松本の部屋は、集合住宅の一階にあり、木造の古びた集合住宅がその隣にあった。隣家の焦げ茶色の壁が窓からの視界を覆っていたが、窓の側により、しゃがみ込んで上目遣いで外を眺めると、松本の下宿の屋根と隣家の屋根に挟まれた、とても小さく遠い空が目にはいる。その空は、松本の首根っこをつかみ、かれが今ここにいるに違いない陰惨な実存の世界へ連れ戻すかのようだった。

(この世には様々なせかいがある)

松本はそのことを否定したりはしない。ただ、松本の住まう社会の共時的な思潮として、「それぞれのせかい間の厳密なる区別の必要性」が広く流布されていた。

今かれが転がされている、その起因をなしているところのモニター越しのおねいさんは、幻影であることを松本は片時も忘れることはなかった。かれにとって問題なのは、様々なせかい同士の区別がつかないからではく、むしろ区別がつきすぎることであった。

十一

年々、蝉の声が縮減にするに伴って、夏の終末を感知せんとするひとびとの習慣は、松本の生まれる以前からすでに消滅しようとしていた。松本は生まれてこの方、蝉の鳴き声というものをライブで聞いた経験がない。

けたたましい蝉の声がこの地上から聞こえなくなった頃、同時に秋の虫の声も聞こえなくなりつつあった。夏の終わりと秋のはじまりが、単調になりつつある気候の変動も伴って、頻繁に外出を繰り返すひとびとにすら困難になっていた。まして、夏期休暇二ヶ月の間に興奮のあまり猛烈なる身体の回転を家の床で繰り返してばかりいたかれにとって、終焉しつつある遥かなる夏の日々など、感知出来るはずもなかった。彼が夏期休暇の終わりを知ることが出来たのは、モニターの右隅に小さく映る日付と時刻の味気ない文字列のおかげである。

こんなに好き勝手できた夏休みなど、松本はそれまでの人生において経験したことがなかったので、満足感が全くないとも言えないのだが、その満足は何かすごくどす黒い空気で充足しているように思えた。

「夏と云えば海」

かれは社会一般の通俗的良識から、あくまで離脱を試みたくはなかった。だから、孤独の海を暗い顔で(しかし時には楽しく)遊泳するじぶんを何かしらの罰を受けてしかるべき対象と考えるのだが、そのように謹直なればなるほど一方で(罰は厭厭よ〜)という心理も浮かんでくる。休暇明けの初講義に向かう地下鉄の中で、何処までも暗い車窓を眺めながら、かれはまたしても混乱の渦中に置かれ始めた。

楽しく生きるのは難しい。かれを楽しく生かすために、このせかいがどれほどの犠牲を払わねばならないのか、かれは薄々ながら知っている。だが、とらえず確実に、そして正気を失わないように今日を生きるために、松本は厭なことを忘れることにした。

十二

二ヶ月ぶりに訪れた学校の構内は、課業間の教室移動の人混みで混雑を極め、か細い松本の精神を粉砕する。その痛撃は苦痛と歓喜の悲鳴をかれの心から絞り出した。人混みは苦痛だった。同時に、嬉しくあった。

次々とやって来るひとびとの群を、目を合わさないように、微妙な身体の動作でかわしながら松本は思いに耽っていた。

教室に入り、教室の間を数回移動し、暗くなる頃に帰宅するただそれだけの生活が始まることの単調さが、鬱陶しかった。しかし、頭の片隅では、人波に漂うその平穏な単調さがいつまでもいつまでも続いてくれるよう願う気持もあった。

その日最後の課業は、担当者の怠慢――「今日は休み明けの初日なんで、この辺にしときましょう、わっはっはっ(なぜ笑うのか、松本にはよくわからなかった。かれにとってせかいはいつも不思議で満ちていた)」――によって、始業は約三十分遅れ、その二十分後に終焉を迎えた。

その決して広いとは言えない構内は、都市計画の徹底的且つ無惨な失敗によって液状化した街にあって、建築物のさらなる高密度な集積を達成していた。松本はそこに初めて足を踏み入れたとき、やけくそが度を超すとすがすがしさに浄化することを、身をもって経験した。実験事故で廃墟になった研究棟など、奇妙な感動の極みで、松本はしばし忙しく通行する学生たちの妨害物となり果てた。その時の松本は、戦時中の南ドイツの街を通過するシャーマン戦車の行列を想起していたらしい。

礎石から半世紀程を経てしまった四階建ての――、一見したところどんな目的でたてられたのかよく解らない――建物、その裏手にある狭い非常口から、松本は放り出されるように暗くなった外へ這い出してきた。出口といえば非常口と松本は決めている。人が少ないからであるが、その「怪しきシークレット」な感じが、単純な松本を刺激するようであった。

ひとびとの季節感は失われようとしていたが、こんな時間にもう日が暮れていることは、幸薄い松本を唯一祝福してくれる風変わりな季節が終わりを迎えていることを、教えてくれるようであった。春は心の痛む時期であったが、冬は身体的につらい季節であった。

松本は、夏をとりわけ好んだ。見上げればレンズフレアの光さす――そんなものは、肉眼では見えないはずだが、かれは心の肉眼でそれを見ており、後に鈴木は「ギャルゲーデモの見すぎである」と的確な批評を行った――夏の青空に心を奪われる実にわかりやすい男であった。

かれは、幼い頃、南洋の孤島で働かずあの黄色いバショウ科の多年草(バナナ)を食べて生涯を送ることを夢想した時期があった。実際にはそんな場所にそんなものがそこに植わっていないことをかれが知って絶望するのは、それから十年あまり先の悲しい話になる。

講義担当者の謎の笑顔とともに、瞬く間に課業が終わってしまったために、他の教室においては変わることのない悲喜交々の日常が継続中であるようだった。

松本は、日照権の存在に断固として挑みかかるかのような建物と建物の間を、抜けていった。かれは空を見上げ、大げさに肩を落とす演技をしてみた。

暫し歩くと視界が開け、構内を東西に分断して走る通り道に出る。歩く人影はまばらである。

大抵混雑している通りががら空きであるという、その容積拡大の事実を体感すべく、かれは通りを走り抜けたいと一瞬思ったが、その脳髄からの神聖な要請を、身体が(だりいよ)と生意気にも拒絶したため、それが実行にうつされることはなかった。

本当は、そんな寂しいところから早く抜け出したかったから、かれは走り出したい衝動も駆られたかもしれない。

(さみしいのでしょう?)

内なるたましいが、優しいおねいさん声で語りかけてくるのが聞こえた。が、同時に同じ内なるたましいが、それを認めるのを頑として拒否していた。

(寂しくなんかない、寂しくなんかない、寂しくなんか―――)

松本はまことに寂しい人間であった。ここ数年来、寂滅からの逃走は続いていた。そして、物理的な寂しさから逃れられないと悟った時、せめてこころだけは、じぶんが寂しくない人間であることを誤認識してくれるように、松本は時あるごとに「自分が人気者でウハウハではないにせよ、それなりに寂しくはないんだよ」というまことにもって真実ではないことを、シナプスに容赦なくたたき込んでいた。だが、結局、松本は最後まで寂しい人間であった。

校門を出ようとした松本の背後でヒグラシが鳴いたが、かれがその声を認知することはなかった。

十三

憧憬のあまり、その視線の対象たる物理的身体に陥穽をあけんとする勢いで、虫取り網を手に傍らを駆けていく小学生を、夏休みを永遠に失ってしまった会社員は見つめている。それは、松本の単調な脳内で、夏の風物詩としてロング・ランをつづける情景だが、その妄想には、不思議なところもある。もはや虫を認知し得ない子どもたちが、どうして虫取り網を手にしているのか? かれがそれに気づくのは、もう少し後の話になる。

人生における「自由」が、その理念を現実のものとし、頂点に達するのは、幼少の頃にかれが経験した夏休みの遙に二倍を超過するこの夏休みに於いてである。後には目も眩む崖っぷちしかない。

その数年後には、遥かなる記憶の向こう側にぶっ飛んでしまう自由を、虚構のおねいさんのもたらす興奮とその帰結による床上での猛烈なる回転に費やしたのは罪悪ではないか。

罪深い夏休みが過ぎて一週間のことである。通学途中の松本は、相も変わらず地下鉄の漆黒な車窓をだらけた姿勢で眺めていた。

『あさごはんだよう、まさよしちゃん♪』

松本は耳奥で突然下の名前を、"近所に住んでいる世話好きの幼なじみ"のような声で呼ばれてぎくりとしたが、それが、昨晩、松本を無惨にも興奮せしめた擬似概念内のおねいさんを無意識にも想起した結果であることに気づき、こころが瞬く間に暗雲で埋め尽くされた。

松本の受講する講義の多くは、構内の北端にあるあの(奇妙なかれの感覚によれば)敗北主義的な校舎で行われている。大教室の密集たる破廉恥なその建造物は、糞生意気にも石の階段を数段登らねばならぬと云う労力を人様に払わせなければ、学生たちに内部への進入を許さない構造をしていた。

建物の中に入り、廊下とも広間ともとれる中途半端で気持ちの悪い広さの空間では、戯れる学生たちのコロニーが散見される。いつもひとりぼっちの松本には、談笑という核融合反応によって、青春という最老齢期の恒星を燃やし尽くそうとするかれらの陰気な輝きには、心眼を失明させられる気持がする。その悪夢なる空間におけるかれの足取りは、小走りになりがちである。

(停滞する人混みを走り抜けるこの爽快さ!)

松本はそう思った。正確にかれの心理を記せば、(そう思いたかった)となる。

空間の向こう側にたどり着いた松本は、教場へと通じる気味の悪い色をした扉を押し開けた。開けた視界に映る光景はいつも間が抜けている。教場は広大で、向こうはしにある教壇と黒板が小さく見えた。

試験前の慌ただしき時期にもなると、この遠大な空間では、試験内容の断片を推測する手掛かりを貪欲に求めようとするひとびとによって、多量の酸素が消費される。

松本はひとつの空想に耽る。この建物には耐震基準を豪快に笑い飛ばすような構造的な欠陥があるのかも。コンクリに骨材があんまり通っていないとか、――それは素晴らしい。そうだ、そうに違いない。で、五十年にも渡って風雪に晒されてきた建物の老朽化によって終末は発現し、石灰石と珪石と高炉スラグ微粉末の巨大な切片が、大教場を埋め尽くす愛しげなひとびとに降りかかる。

激震と轟音なかで現れるこの風景は、松本を魅了して止まない、かつて栄華を誇った数多くのカタストロフィー映画の惨劇的なカットの協賛を得ていると推測される。

「ほっほっほっほっ」

薄気味悪い微笑みが知らぬ内にこぼれだすのだが、かれは、空想上とはいえ、大惨劇に巻き込まれる無垢なひとびとの中に、じぶんが確実に存在していることを知らない。或いは、知ろうとはしない。せめて、おのれの内なる世界だけでも、せかいと一体をなすような客観視点でありたいというのが、かれのこじんまりとした希望であった。制御できる内なる世界だけでも、そこの当事的な住民になるのは勘弁してほしいと思うのである。

かれがそんなことを願うのには訳がある。制御できない内なる世界、つまり睡眠中かれの見る夢、で絶えず当事者でなければならない松本は、決まってそこで酷い目に遭う。だから、夢見る浅い眠りはここ数年来、ちょっとした恐怖と負担になっていた。深い眠りへの探求が、一時期続いた時期もあった。だが、どんなに努力しても、深い安眠はなかなかやってくることはなかった。

大教室を横断しつつあったかれの耳に、不思議な声が届いた。

『早くしないと遅刻しちゃうぞ』

松本は思った。

(ひょっとして、俺は人生に遅刻してしまったのではないか?)

つづく


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